BACK TO DESIGN / GRAPHIC PHANTOM
Concept, Book Design, Graphic, Editrial, Logo, VI+CI, Art Direction, Photo Direction
【Background】
株式会社竹尾の主宰するグループ展「STOCK MEMBERS GALLERY 2022」に参加。竹尾青山見本帖店内のショウケースにて、PAPER STOCK MEMBERによる個展シリーズが5回にわたり開催された。展示に際してこの機会にグラフィックの実験を進めたいと考え、個人のグラフィック研究プロジェクトである「Graphic in Progress」のVol.2と位置付け(Vol.1 DIMENSION)、紙の会社である竹尾の展示であることも相俟って、「紙への定着」をテーマにした作品を作ろうと考えた。
【Overview】
グラフィックデザイナーの従来の作業プロセスは、「コンセプト設計」→「レイアウト」→「印刷/定着」である。普段のデザインワークにおいては、その工程が覆ることはまずない。故に今回のプロジェクトでは、そのプロセスを反転させることを試みる。紙への定着が揺らぐことによって、印刷の在り方を考え直し、そこから発生したものからレイアウト作業を行い、コンセプトを生み出す。そうやって逆流するフローから生み出されるグラフィックとは、如何なるものか。プロジェクトの大元のコンセプトとして、「BACK TO DESIGN(逆流するデザイン)」と銘打った。
コンセプトを遂行するための具体的な手段としては、UVインク印刷機を利用した。UV印刷とは、其の名の通りインクに紫外線(UV)を当てることで皮膜を硬化させ、紙に定着させる印刷技法である。通常は、紫外線の照射はインクを吹き付けるタイミングと同時に行う。しかし今回は、UVを照射するタイミングを遅らせてタイムラグを作ることにより、定着面に意図的なアクシデントを起こし、揺らぎを生み出すことを狙った。定着時における条件の違いがどれくらい出力に影響を与えるかを検証することが、本制作のカギとなる。その条件とは、以下の通りである。
①紙の吸水率
②インクの濃度
③使用するインクの数(モノトーン、ダブルトーン)
④定着における要素の形状の違い(点、線、面)
⑤定着における要素の性質の違い(グラフィック、写真、イラスト)
UVインク印刷機の定着を遅らせるという機械にとってはリスクのある実験を引き受けていただいた光伸プランニングの鶴谷氏には改めて感謝したい。
【Test 1】
最初のテストでは、上記の①〜⑤の条件の違いによって生じる違いを洗い出す。
方向性をある程度決めるためのスタディとして、下記の2紙でテスト印刷をする。
・ユポ(合成紙素材/吸水率 – 低)
・ワイルド(クラフト紙素材/吸水率 – 高)
また、インク濃度の違いによる質感の差も比較するため、K100のブラックと、CMYにもインクを足したリッチブラックの2タイプを検証。その内訳は以下の通り。
1 ユポ_モノトーン_インク濃度150%
2 ユポ_ダブルトーン_インク濃度100%
3 ユポ_ダブルトーン_インク濃度150%
4 ワイルド_モノトーン_インク濃度150%
5 ワイルド_ダブルトーン_インク濃度150%
↑ Test 1 版下 :グラフィックデザインワークにおけるベーシックな要素、「点」「線」「面」を用いてUV照射遅延の印刷をした場合、どういった関係性の変化が起こるかを検証するためのレイアウトデータ。それぞれ2回刷りを行い、インクが1色の場合(モノトーン)と、2色の場合(ダブルトーン)の差を比較する。
【Result 1】
ユポは吸水率が低いため、やや撥水してる状態のインクがUV照射時に収縮する。収縮したまま硬化したインクの皮膜面は、普通のUV印刷では得られないテクスチャとなり、非常に面白い。逆にワイルドでは顕著な滲みが発生。こちらは、やや印刷と照射の時間差による表情の変化が乏しく感じられる。
今回、モノトーン原稿はK100にCMY各40ずつプラスしたリッチブラックで印刷した。結果からは、かなりインク濃度に左右される感触があったので、インク量の検証は次回も引き続き行うこととする。ダブルトーンでは予想よりもインクの混合が進まず、狙ったような変化は起こらなかった。滲み方もなし崩しに見えたので、ダブルトーンの検証はここで打ち切り、モノトーンのみに方向性を絞ることにした。
また、「点、線、面」といった「要素の形状」の検証結果からある程度の予測がつくようになったので、「グラフィック、写真、イラスト」の「要素の性質」における変化の違いの試作は割愛することになった。
*光伸プランニング(印刷所)側で独自に追加検証していただいたこと
UV照射前に綿棒でドローイング
UV照射前に一定時間放置、拭き取り
印刷前にマスキングテープを仕込み、印刷後剥がして別の場所に貼り付け
デザインを重ね合わせてみて、滲むか検証
【Test 2】
1回目のテスト結果を受けて、紙種の違いとは別に、「インク量」と「UV照射の時差」の2つの要因が仕上がり時の質感表現に大きく関わることが分かってきたので、インク濃度を再度調整し、印刷と照射の時差間隔もいくつかテストすることにした。
最も時間を長く空けるものは、印刷後12時間ほど放置した後にUV照射する。
また、前回は全て「印刷+印刷+UV」の工程で作業をしていたのだが、今回は「印刷+(やや時間を空け)UV+印刷+UV」という異なる工程のものも試作することに。
デザイン要素に関しては、「点、線、面」のいずれかを選ぶのではなく、その全てを組み合わせ複合的に使用することが最適解であると判断。上記の要素を全て用いた上で、追加として手書きから成る有機的なフォルムを含むイラストレーションデータを新たに作成し、版下に使用することにした。(右頁図版)
黒はリッチブラックの濃度を検証
・K100% + CMY40%
紙種は下記で検証
・ユポ(合成紙素材/吸水率 – 低)
・風光(非塗工ファインペーパー/吸水率 – 中)
・やまびこ奉書(和紙/吸水率 – 高)
↑ Test 2 版下 :グラフィックデザインワークにおけるベーシックな要素「点、線、面」を全て用いたイラストレーションを用意。
印刷はモノトーンに絞り、紙種・インク量・照射時差による変化を観察する。それぞれK版の2回刷りを行い検証。
↑ 上の写真は照射まで12時間空け、なおかつ壁に貼り付けて垂直に保管した校正紙の様子。
撥水性の高いユポではインクが定着せず、紙面下部に向かって流れ落ちるというアクシデントが生まれた。
【Result 2】
3種の紙は3様の表情を見せた。やまびこ奉書ではその吸水率の高さ故に、ゴーストのような染みが発生。別の機会には使えそうだが、あまりにもアンコントローラブルな現象なので、本制作では使用を見送ることにした。ユポは前回も検証を重ねていたので概ね予想通りの良い結果が得られたのだが、今回特筆すべきは風光だった。風光の「印刷+UV+印刷+UV」パターンの校正が、より良い表情を作り出していたのだ。印刷後すぐに照射を挟む。時差は短くなるが、撥水と収縮による皮膜の表情の面白さは損なわれず、より顕著になる。寧ろ照射までの時間を長くとりすぎると、表情の均一化を招く恐れがあることも分かってきた。
これにより、「印刷+印刷+UV」よりも、「印刷+UV+印刷+UV」と一度定着させる工程で進める方が、印刷面に豊かな視覚のバリエーションを作り出し、黒の中にも明度の幅を生むことが明らかになった。問題となっていたリッチブラックのインク量も、CMY+10%程度がインク溜まりによる原稿の汚しもなく、且つテクスチャとしても十分効果が得られる量だということが判明。テスト2は実りある検証結果となった。
【Test 3】
2回目のテスト結果を受けて、印刷方法は「印刷+UV+印刷+UV」(時差短め)に決定。使用する紙もユポ(吸水率 – 低)と風光(吸水率-中)の2種に定めた。
ここで追加の施策として、これまでのK版2刷の上からさらに、白版を乗せる検証をすることにした。理由は2つある。1つは、テスト1、2を通して照射時差により黒の色幅(ここでは色相ではなく明度の幅を指す)に深みが出せることが分かってきたので、白の色幅の検証も行いたい欲求が出てきたため。(下図左グラフ参照)
もう1つは、イラストレーションという有機的なモチーフで表情の幅を作ったことが裏目に出てしまったので、そのリカバリーのため。様々なビジュアルファクターの混在は、黒の表情の複雑さを出すという意味では功を成したが、同時に視覚的な要素の交点を爆発的に増やすことなってしまった。
その要素の煩雑さが、フォルムの簡潔性を損なう結果となったことを反省し、白版を使って解決することにしたのだ。デッサンで言うなれば、黒の色幅は鉛筆で描く行為であり、白の色幅は練りゴムで描く行為のようなもの。あまりにも鉛筆での表現が過多になってしまったので、それを削ぐ行為が必要となってきた。
↑ Test 3 版下 :テスト2で作った版下に、白インクの版を足して検証する。下図のピンク箇所が白版である。
ユポに関しては、「印刷+UV+印刷+UV」の工程で再印刷したものを作り、その上で白版の追加検証を行った。
【Result 3】
白版によるユポへの色幅の獲得は狙い通りの効果があり、画面に新たな色調を生み出した。
それよりも白版の効果が顕著だったのは、風光だった。(下図右写真)
障子紙のような独特のざらつきが生まれ、それが色幅の獲得以上に豊かなテクスチャとして効果を発揮している。この結果を鑑みて、最終の印刷仕様が決定した。紙はユポ(吸水率 – 低)と風光(吸水率-中)の2種使用し、印刷方法は「印刷(K版)+UV+印刷(K版)+UV+印刷(白版)」である。
【Layout】
以上の印刷検証を経て仕様が決定したことで、初めてレイアウトの作成に入る。ビジュアル制作に関する与件はこれまでの結果を受け、自ずと生まれてきた。その与件とは、以下の通り。
①モノトーンであること
②明度に幅(深さ)があること③点、線、面の要素を用いること
④複数回印刷を重ねることでできる要素の交点を有していること
⑤撥水性を生かした面のテクスチャの幅があること(ユポ)
⑥白版によるテクスチャの面白みがあること(風光)
⑦有機的な要素を削り、無機的なフォルムでまとまっていること
上図は、グリッドシステムにランダムに点を打ち、図形を配置したもの。前述の与件を踏まえ、効果的と思われる形状を探る。
シルエットは幾何的にまとめつつ、色面には、黒の色幅をもたすことを想定。なるべく意図を排除した形を作ることが、次のステップに繋がるので、セミオートマチック的に淡々と線を引いていく。
【Concept】
印刷検証結果から割り出され、出来上がったフォルムのレイアウト原稿を並べる。そこに立ち現れた形を見て、(何かに似ているな)と感じたものからイメージの要素を足し算し、意味を与えていく。この一連の形たちは、グラフィックの亡霊のようだな、とふと思う。
デザインは直訳すると「設計」である。設計には本来、常に羅針盤となる「コンセプト」が先になければならない。しかし、その羅針盤もなく、立ち現れた形たちに意味を与えていく行為は、何の目的もなく海原を彷徨う幽霊船を生み出す行為にも似ていた。
「Graphic Phantom」。コンセプトに向かって逆流するデザインプロセスは、そんな言葉に帰結した。
【Graphic Phantom】
仕上がりとして、8つのグラフィックが現れた。これらは厳密にはデザインとは言えないかもしれない。デザインとは先に述べた通り、「設計」である。しかし、ここにあるのは形ができてしまったばかりに、意味を与えられた者たちだ。だが、「存在」とは本来そんなものかもしれない。まさに、これらはPhantom(亡霊/幻影)と呼ぶに相応しいと独りごちた。
紙の種別は、出来上がったモチーフのイメージに沿い決定。ユポと風光をそれぞれ4種ずつ制作した。
【Logo Design】
当初からの制作の狙いである「Back to Design」と、最終的に帰結した作品タイトルである「Graphic Phantom」のいずれかをロゴに使用することを考えたが、どちらも混在することが正しい提示方法だと判断。これはいつものデザインワークではない。言いたいことが2つあれば、それをそのまま出す方が自然に思えた。
ロゴマークはグリッドシステムによって自在に組み変わるダイナミックアイデンティティにすることで、「コンセプトに縛られずに自在に変化してきたビジュアルデザイン」を象徴。8つのブロックは、本シリーズの8作品を表し、各々のイメージに対応した形を作っている。
【Illustration】
ランダムに線を引いたグリッドデザインから出来た形態を見た上で、イメージを想起。最終の版の重なり方を考慮した上で効果的な位置にイラストレーションを描く。
上4図をユポにて作成(SNAKE / CONDOR / PIRANHA / GEKITETSU)
上4図を風光にて作成(DOG / CHAMELEON / FOX / OCTOPUS)
【CONCEPT BOOK】
展示に際して、今回の作品についての「思索と試作の記録」を、40頁の冊子にまとめ、テイクフリーで配布した。
下記よりPDFとしてもダウンロードすることが可能。
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思索と試作の記録
Art Director / Graphic Designer: Yu Miyazaki
Printing Director: Nobuteru Tsurugai (Koshin Planing Inc.)